入院から手術前日まで

注:ここから退院までの闘病記はその日その時の気持ちを文面から少しでもわかるように、特にお見苦しい所以外は後から言い換えなどの変更を加えておりません。また、術後2日くらいの闘病記はそれ以後の日、記憶を頼りに書いています。その点ご了承願います。
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2月7日 入院当日
9:00 病院到着。昨日未明から降った雪のおかげで出るのを早めたせいで着いたのも早すぎた。
併設の喫茶店でコーヒーを飲みながら接骨院の友達に入院することを伝え携帯の電源を切った。寂しい気分。待っている間に同じ整形外科に入院するおじさんに声をかけられた。「お兄ちゃんも?」
おじさんは入院にはなれているらしく自分のことをつらつらとしゃべり始め何も心配している様子はない。”みのもんた”と同じ病気らしい。こっちの心配もどこへやら、受付の時間が来てお先に受付へ。「それでは病室で会いましょう。」
病室へ着くとそこはカーテンで仕切られたまさに病室。いよいよ本番が来たんだと改めて思いだす、、、が、なぜか脳外科の病室。整形の部屋がいっぱいらしい。ベッドに寝転ぶ。もう逃げられない。
11:00 検温、血圧。
12:00 F医師が来て今後の予定を聞く。問診と触診(主に力比べ)も
手術は明後日2月9日(木)今日の17時頃から担当医師のチームより手術の説明。
今日15時からは肺活量の検査。
その後すぐに昼食。結構おいしい。去年の悲惨な研修を思えば、、。
16:40 麻酔医の説明
まず点滴から麻酔を入れその後期間に入れたホースからガスを入れると同時に呼吸補助。
全身麻酔がかかると自分で呼吸も出来ないらしい。おっそろし〜。
麻酔が覚めると気管に入れていたホースのせいで喉が2、3日痛むらしい。風邪のような痛み。まれにアレルギー症状が出て死ぬかもって、、おい。(確率1/20000)
17:00待てど暮らせど先生は来ない。
ようやくF医師が来た少し慌てているよう。K医師が忙しいためまだ来られないとのこと。しばらく待つがやはりK医師は現れず明日になることに。今日のところはF医師との打ち合わせだけになった。手術方法はやはり前方除圧固定術。
打ち合わせは和やかに済み妻も帰りベッドで横になると、とたんに不安になる。
1、麻酔から覚めなかったらどうしよう。
2、手術が終わったあとは痛いだろうなー。
3、寝たきりで寝返りも一人でうてないなんてつらそう。
4、本当に痺れは治るの?
5、全身麻痺になったらどうしよう。
今のところは痺れ以外いたって元気。走ったり、子供と自由に遊べる。
6、失敗したら子供と一緒に遊べなくなるなんて想像しただけで涙が出てくる。
心配は尽きない。
21:00消灯時間
そういえば右のベッドの方にこんな話しを聞いた。「左となりのおじいちゃん独り言が激しく寝言も大きな声でするので今夜は眠れないよ。」
大丈夫、こんな時のために耳栓を用意しておいたんだ。はっはっはっ。笑

2月8日 手術1日前
朝起きた、、。というか眠れなかった。全く、、。一睡も、、。
原因は主に”となりのおじいちゃん”である。
ここでおじいちゃんの寝言(?)独り言(?)を少し。
「あ〜しゃむぃ。」
「あ〜きもちわるぃ。」
「いやんなっちゃうよな〜。」
「なーんでこーなっちゃったんだろっ。」
順不同に少し間を置いて言い続ける。
極めつけは煩悩がうとうとしていたその時。
何やら背後でゴソゴソ。ゴソゴソ。
どっ泥棒!?冷や汗かきながらおそるおそる後ろを振り向くとそこには、、。
”となりのおじいちゃん!!”
カーテン一枚で隔てられた煩悩の部屋(?)に寝ぼけたのかおじいちゃんが入って来ているではないか。しかも煩悩のバッグの中をあさっているよう。
「どうしたんですか?」と肩を叩く。
「しゃいきんこっちにひたからひょふわはんなひんだひょ〜。」
「最近こっちに来たからよくわかんないんだよ。」らしい。
どうやら電灯のスイッチを探していたらしいが、勘弁してくれ〜。
こんな感じで朝まで長い時間が経った。
今日の予定では昼過ぎに整形外科病棟へ引っ越し、夕食後には浣腸。それ以外何もない。
暇なのでPCで映画を見るがどうも集中できない。昨日のように手術のことが頭をよぎるからだ。時々震えるほど怖くなる時がある。
14:15 引っ越し
まだ入院の時にもらった本人確認用のバーコードの着いた腕輪をしていない。何度か看護士さんに言ったがつけなきゃいけないけど後でと言うことだ。
心配なのでもう一度聞くと、つけるホックのようなものだけ置いて「自分でつけてください。」だって。こんなものか。
後にこの腕輪の余った部分を整形の看護師長代理さんが気付いて切ってくれた。「ありがとう。」さすが看護師長代理さん。
そういえばもう一つ心配なことがあった。
それはベッドこのベッド手動式で術後起き上がるのが自分では出来ない。昨日から4回ほどお願いしてはいたが引っ越し先も手動ベッド。整形のベッドがいっぱいと言うことだが同じ階にある脳外科の電動ベッドが空いているのを確認していた。「空いたら変えますから。」と言うばかり。「起こす時は呼んで頂ければいいですよ。」とは言うもののそのつど微調整してくれるの?何回も呼ぶことになっても嫌な顔しないでね。嫌な顔されると修羅の心が自分を抑えられなくなるから。(この時も正直、修羅の心が80%位まで来ていた)
18:00 K医師より手術説明。
昨日とほぼ同じないようだがリスクのことなどをより詳しく聞いた。
輸血はしない。
事故が起こる確立はジャンボジェット機が墜落するくらいの確立(1/20000) ”0”ではないと言うこと。合併症の話しなど。
K医師はあっさり「大丈夫だよ。」と自信を見せてくれた。なんだかこの一言でずいぶん楽になった気がした。
ついでに電動ベッドの話しも直接K医師にしてみたところ、その場で「頸椎の場合○×△*より優先順位は上だから変えるように。」看護士さんに指示してくれた。
ここでもほっとひと安心。
18:30 浣腸
小学校以来の浣腸で緊張した。「5分くらいは我慢してくださいね。」軽く言われたが2分は持たなかった。
これよりあさっての朝までは断水断食。
消灯までは映画を見たが集中で来た。

2月9日 手術当日
6:30起床3、4時間は眠れた。もう一回トイレへ向かうと朝一番の手術の方(入院のとき良くしゃべってくれたおじさん)とばったり会った。お互いがんばろうと声をかけあいベッドに戻った。
7:15 もう2週間は風呂に入れないのでシャワーを浴びることにした。
7:30 手術着が配られそのままこれを着る。浴衣のようなもので脇腹はマジックテープで止めるようになっている。これがチクチクと痛い。なぜかまだ余裕だった。いや、気丈に振る舞っていただけかも、、。
8:40 一番目の手術の方を見送る「がんばって!」
次は自分だ!!心ではそういっていた気がする。
9:15 予定では8:30だった点滴がつけられる。フィジオ140(ブドウ糖)
この点滴の場所から麻酔が入れられる。
10:00すぎ ネックカラー屋さんが来て試着。大きさはこんなもんですかね?
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19820円也。調べていた金額よりよりずいぶん安いぞ、7万円くらいすると聞いていた。ネックカラー屋さんは先生から「これで良いと言われた。」と言っていた。素材は固めのスポンジのようで寝る時の痛みはなさそうだ。ここから保険分の7割は帰ってくる。
10:30よけいなことを考えないように映画を見る。「スゥ○ング○ールズ」
おかげで元気になった。単純な自分。
12:30 いよいよ手術の時間が決まったようだ。13:00に手術室に入るように言われた。  
                           
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病棟から見える夕焼けです。真ん中にちょこんと見えるのは富士山です。この日はとてもきれいでした。
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by haruikuyoshi | 2006-02-24 22:15 | 頸椎椎間板ヘルニア


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