手術から退院まで

手術直前写真
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2月9日
12:30看護師より手術は13:00からということを伝えられ準備を始める。なんだか期待感が先立ち怖い気持ちより早くしたい気持ちが涌いて来た。
13:00少し遅れて手術室に入る。移動ベッドに乗り換えるが結構狭くてきつきつ。看護師の申し送りが終わりいよいよ手術室へ。またもベッド移動。今度は”まな板 ”失礼、手術台の上。自分の体の幅しか無い。これじゃ寝返り売ったら落ちる。手は横においてある別の台の上におく。体は全裸で乗りその上にバスタオルがかけてあるだけ。F医師が「これから始めますねー。」と。
手術台に登り心電図などをつけマスクからガスのようなものを吸い込んだ。「吸ってー。吐いてー。」3、4回したであろうか?
「麻酔が入りますからチクッとします。これは薬の性質ですので、、。」
後ろの首の付け根がちくちくしたかと思うと「○○さん。○○さん。」
「終わりましたよ!!」え、何が起きたの?
気持ちよく眠れたー。しばらくは覚醒室にいたようだ。
目が覚める直前見ていた夢を、思いだした。カイエンに乗ってカレーを食べにいっていたような??
そう思っているうちに痛みがどんどんと増して来た。激痛。主に採骨した腰。「いてててて」手術したことを実感する。
首を切ったはずなのに首より、採骨した腰の腸骨がかなり痛む。
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病室へ着いて妻に時間を聞くと17:30。左首には傷口内の血を抜くドレーン、尿道カテーテル、酸素マスク左腕に点滴。チューブだらけ。
これで終わったんだ。手術が終わったんだ。これ以上痛くなることは無い。とりあえずうれしい。、、が、手術後までには変えてくれると言っていた電動ベッドはやはり手動ベッドのまま。明日からどうするの?
水が飲めないため錠剤ではなく痛み止めの座薬を入れてもらう。30分ほどでずいぶん楽になった。
寝返りがうてない(自分ではうってはいけない)ためたびたび看護師さんに体勢を変えてもらう。夜は痛み止めと眠れる点滴もしてもらう。ナースコールが一度だけ手元になかった時があった。ナースコールがないとまさに地獄だ。体勢を変えたいがどうやって看護師さんを呼ぼう。下になっている腕が痛くてたまらない。ううぅぅ、、。幸い術後は2時間置きに看護師さんが見に来てくれたので助かったがそれからは何はなくともナースコールを目の前に置くことを忘れはしなかった。長い時間が過ぎた。やっと朝。こんなに夜が長いとは。痰も絡んで苦しかった。でも、一晩なんとか乗り切った。夜通し診てくれた看護師さんありがとう。”観世音菩薩”のようでした。”天使”でなくてごめんなさい。(笑)

手術し終わって思ったこと。
死ぬのはすごく簡単。全身麻酔して呼吸補助しなければそれで何の苦しみもなく死ねる。
煩悩は今まで、どうやって人生の最後である”死”という苦しみを楽に迎えるかを考えることが良くあった。
人間はその日その時何をするか?常に変化する人生。その日その時をいかにして感じ、何をするかを一々決めて行かなければならない。今幸せ(?)に思って生きていることの方が”死”よりもっと苦しいはずだ。やはり生きると言うのは”苦”なんだな〜。じゃあ何で生きてるの?私にもわからない。仏教的に言えば仏になる為に修行していると言うことだが。十界の中の上4つ(声聞、縁覚、菩薩、仏)は輪廻しない。上から5番目の天に生まれても苦はある、天国は人間界のように仏になる為の修行の妨げになるものが一切ないところ。従って天人は輪廻するために”死”が来る。人間が死ぬ時の16倍の苦しみらしい。出来れば煩悩はもう一度人間に生まれ変わりたい。
こんなことも言われている。”人間に生まれて来るのは大海に落ちた針を探すようなもの”この確立で次回も人間に生まれることが出来るかな?

2月10日
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6:00起きた。というよりほとんど起きていた。
朝には抗生剤の点滴。8:00酸素マスクを外されネックカラーをしてベッドを起こしてもらう。もう起きて大丈夫なの?首がグキッといきそう。両手で頭を押さえながら、、起きた!!
ふうっ。やはり起きていた方が気持ちいい。でも腰が痛い。首はなぜかあまり痛くない。
調子に乗って動かしすぎると左腕にビリッと電気が走る。水を一口含むとやはり喉が痛い。
朝食も少しずつだが食べられた。当然だが口いっぱいにほおばって一気に飲み込むと喉がとても痛い。
K医師が6、7人の医師を連れて回診。ドラマで見たような光景。
「調子はどう?」一人一人に声をかけてゆく。
10:00腰は痛いが調子は良いので看護士さんに立たせてもらい車椅子でトイレへ試しにいってみた。これで”大”は出来そう。ベッドの上ではしたくなかったからほっとした。車いすはなぜか楽しい。
14:00尿道カテーテルを外す。ヌルッと不思議な感じ。特には痛くなかった。
あとは血を抜くドレーンだけだが明日以降になると言っていた。
夕方にも抗生剤の点滴。
16:00おかしい。水はかなり飲んでいるが尿がたまった感じがしてこない。看護師さんに相談して立って尿瓶にしてみる頃に。100mlほどは出た。このとき排尿痛があった。まだ下っ腹には張る感覚があるがもうでない。急に不安になる。手術失敗?ヘルニアで神経がやられていると尿意がなくなるのを聞いていたから。
もう一度カテーテルをするかF医師に相談することに。痛そうだからもう一度カテーテルをいれるのは嫌だ。が、水をよく飲んで出すことを心がけるように言われたでけだった。まだ、術後間もないために神経が腫れているからではと。長く続くようなら泌尿器科へ。そういえば手術前にK医師より術後神経が腫れて一時的に症状が悪化することがあることを聞いていた。もう少し様子を見よう。まだ不安。
寝る前に痛み止めと眠れる薬を点滴して頂けることになった。
今日は本当にブルーな気持ちが続いた。
途中で寝たくてもベッドを寝かすには看護師さんを呼ばなくてはならない。また起きるときにも起こしてもらはなくてはいけない。一日何度もこれを繰り返すたびに呼ばなくちゃいけない。ナースコールしても忙しそうだし、すぐには来てくれない。時には20分も待った。なんで自分だけ電動じゃないんだーー。
忙しそうにしている看護士さんを見ていると声をかけるのは申し訳ない。
夜は薬でぐっすり眠れたかと思ったが時計を見てみるとまだ12時。何度か自分で無理矢理(自分の両手で頭を支え首をひねらないようにゴロンと言う風に)
返りを打ち寝ていた。少し寝ては目が覚めが繰り返される。
しかし昨日に比べればかなり楽ではある。
2月11日
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夜中に一応小用をしておいた。
朝、この日になったら看護師さんを呼ばずとも自分でベッドをを降り手動ベッドの背もたれを起こせるようになっていた。。採骨した腰は傷むがなんとかしゃがめた。
首の痛みは変に動かさなければほとんどない位。
朝食中お茶を期間に入れてしまい咳が止まらない。咳をすると腰と喉がかなり痛い。気をつけない、と思いつつまた気管に入った。いててて、、、。
朝6時目が覚め検温、血圧、脈などを検査。今日はドレーンが抜ける。これで体から出ているチューブは全てなくなるがうれしい反面抜くのは怖い。抜く時は痛いのか何度も看護師の方に確認。”ヌゥ〜”とした感じだそうな。
同じ日に入院し、同じ日の私の前の手術した方をお見舞いに。トイレに立ったついでに車椅子で散歩もかねる。
尿のことを話すとはじめはそんなものでそのうち治るとのこと“ホッ”と一安心。
このかたは脊柱管狭窄症。みのもんたと同じで他にも手術経験があるらしく信頼できる。
10:00また車椅子散歩をしていたら看護師さんに呼び止められドレーンを抜くからこちらへ、と処置室に連れて行かれた。そこで看護師さんはいろいろと準備をしてから先生を呼びにいった。
看護師さんがすぐ抜いてくれると思っていたので先生が来るまで不安だった。痛いのかなー。
はさみとピンセットを持った先生が現れ、さ〜抜きますよ。はさみが目の前にあってとても怖い。これで皮膚を切るなんてこと無いよね?怖がりながらも口では「テープをはがす方が痛いかも。」なんていいながら「もう抜けました?」とも聞いてみる。
「まだだよ。」と看護師さん。まだかー。痛いのかなーと想像が膨らんでいるその時”ヌゥ〜〜。”抜けた。ドレーンの先に血がゼリー状になって付いていた。
ホッツと一息。あまり痛くはなかった。その後消毒しガーゼを貼付け車椅子散歩に戻った。
夕方にかけて喉の痛みが和らいで来た。ついでに採骨あとの腰も。今日は痛み止めはなくても良さそうだ。
夜、痛みはないものの眠れない。0時頃リスミー(睡眠剤)をもらう。
2月12日
睡眠剤(リスミー)のおかげでぐっすり眠れた。朝食を食べたあとまだ眠たかったので横になってみたらすぐ寝てしまった。起きたのは看護師さんの「ご飯よー」の声だった。もちろんお昼ご飯。3時間以上ぐっすり寝ていた。恐るべしリスミー(睡眠剤)
これで睡眠不足は解消し頭はすっきり。あとは尿意がまだはっきりしないのと、気持ちよい便通がない。便秘している訳ではないと思う。少しだけ出る便は適度に柔らかい。
未だ車椅子なのですわってばかりいるせいかと思い。看護士さんにまだ歩行器はダメですかと尋ねると先生の許可がいるというとのこと。明日まで諦めるか。
それからしばらく車椅子散歩をし部屋に戻ったときにちょうど検温の時間。その看護士さんいはく明日の予定は体噴き、レントゲン、、、、歩行器での歩行許可が出てますね。
あれ?許可が出てるんなら早くやらしてよっ。もう昨日からお願いしているのに。忙しさにかまけちゃいけませんよ、、。何も知らないのに思った。(術後看護士さんが観音様に見えていたのに勝手なもんだ。)そういえばまだ電動のベッドはこない。これも諦めるか。自分で出来そうだし。
術後こんなにも早く元気になるとは思いもよらなかった。首さえ気をつければ今日にでも帰れそうな位だ。
良かった。手術をして本当に良かった。元気になってみるとより強く思う。。
寝る前一応リスミーを頂き、明日歩行器での訓練をしてもらうことを看護士さんと約束して寝る。

2月13日
昨日もぐっすり眠れた。寝返りもなれたもので少々無理をしても痛くはない。ビリッと電気が走る感じもなくなって来た。腰は体勢によってかなり傷む。
今日はやっと歩行器で歩ける。座りすぎで腰の別な所が痛い。
また今日はレントゲン撮影もあるということで術後今までで一番忙しい日になりそうだ。
朝から気分も良く、持って来ていた仕事を始める。
仕事をしていると朝の検温をしに看護士が来た体温は平熱、血圧も正常。
一応今日の予定を確認。レントゲンと歩行器。OK。わかってる。
調子良く仕事も再開し、楽しみは午後になるのでそれまではこれをする。
朝の検診に担当のk医師とF医師が来てくださった。経過は順調。
午後にはレントゲンと歩行器が待っているので。車椅子散歩は少しだけ。仕事に集中しよう。
14:00同室の患者さんが風呂に行きその後レントゲンに2人ほど行った。
次は私の番か。、、、が、待てど暮らせど声はかからない。なんで?
16:00再度看護士さんが検温に来たときに「3日前には歩行器での歩行許可が出てるんですけどまだ、、。」確認!「そうでしたかそれではやりましょう。」
5分後くらいに歩行器を持って来て頂き院内を一周。「ふらふらしてませんか?」と看護士さん。ふらふらする訳ない。昨日からスクワットをしていたんだぞ。そんなことは言えずに「全く大丈夫です。これでいけます。」しばらく歩行器散歩。視線の高さが快適!!自分の足で歩けるよろこび。
でもまだレントゲンの順番はこない。少々いらだつ。でもみんな忙しくて一生懸命なんだ、私はあとで我慢しよう。なんて格好良すぎ、、?
16:30気を取り直してオリンピックのハーフパイプを談話室で見ていた。そこにK医師。「順調だからね、でも骨はまだくっついてはいないよ。無理しないで、ゴロゴロしているのが一番だよ。」いつもの口調で優しくおっしゃった。
そろそろ17時。もうやばい、レントゲン屋さんが終わってしまう。
ナースステーションの入り口で出て来た優しそうな看護士に声をかけた。「あのう、今日レントゲン予定なんですけれどもまだですか?」
「えっ、」看護師さんはすぐにナースステーションの中に入り確認しているよう。
出て来た。「すみません、すぐ行ってください。」なんだい!!忘れてたんかい!!
「急いでいってください。もう終わりそうです。」
急げって?今日歩行器の練習したばかりじゃない。しょうがないなー。(怒小)
なんとかレントゲンの場所に間に合ったがぎりぎり。レントゲンの受付のお姉さん2人は顔を見合わせ「ギリギリだよ。」と言わんばかり。(怒中)
順番待ちはあるはずもなく坊主頭のお兄ちゃんから名前を呼ばれた。レントゲン室へ。このお兄ちゃん相当無愛想。しかも「そこにメガネとカラー外してこちらへ来てっ。」さっさとこっちへ来いとばかりにこちらを見て待っている。ド近眼の私。足下もよく見えないし歩行器が入らないレントゲン室で手ぐらい引いてくれよ。こけて首が折れでもしたらどうしてくれるんだ。そしてのボーズ頭とその嫌そうな態度はいい加減にしろ。(怒大)
爆発は免れたがまた修羅の心が、、。反省!
あっそうそう。今日は体も拭いたんだっけ。気持ちよかった〜。でも早く風呂に入りたい〜。
明日は洗髪の予定だが丁寧にお断りした。髪無いし、、。笑
シャンプーして首のところに石けんが残ったらカラーでムレてかぶれるのは眼に見えている。私はいつものマイシャンプー意外では良くかぶれるのだ(変にデリケートなところも)相当上手くないと首のところにはシャンプーが残る。ましてや首の骨が折れている状態のシャンプーではなおさら。看護師さんのシャンプー技術が心配だ。(本当にごめんなさい。私は元プロだから。)
今日シャンプーしているのを偶然見つけて心配になった。
『レントゲン写真一番下の軟骨を削った部分に腸骨を入れてあるのがお分かりでしょうか?ここの色の境がなくなれば骨は着いていると言うことでした。』
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夕方担当のF医師がいらっしゃってレントゲンを診た結果、骨はきれいに付いていますとのこと。写真も見せてもらったが本当にきれいについているもんだ。大きさも私の頸椎の骨にピッタリと言う感じで一回り小さい訳でもなく大きくてはみ出してもいない。さすが先生。ここの病院でよかった。つくづく思った。ホームページで見たボルトを使わなかった例の写真より全然きれいな感じ。安心安心!!
今日一日終わった。尿もたまる感覚が戻って来たし便通も普通に出た。元気になるに連れよく思う、痺れは治らなくてもつくづく手術して良かった!!ありがとう先生、看護士さん。
2月14日
今日も朝までぐっすり。腰の痛みも日を追うごとにになくなり、病院に来て首と腰以外はすこぶる健康になった。煙草は吸わないし酒も飲まない。夜9時に寝て朝6時には起きる。天台小止観(天台大師チギが病気の兄を見舞って書いたものと言われている)に出ている調五時?がいくつか整うだけでこんなにも調子がよくなるものか。
しかし、ここは軟禁状態!欲求を満たすものがあまりに少ない、やることがない。今日はバレンタインデー!!
しかしこれは煩悩の為の行事ではなく、今日も一日歩行器散歩メインにオリンピック観戦。
午後に看護婦さんにお願いして常時つけていた点滴の針を外してもらった。
ウ〜ン、体が臭い。これでは看護士さんに失礼だ。
握力を測ったところ 右52kg左51kg 左にずいぶん力が入るようになった。自分でも驚き。
夕方の回診でF医師に明日は消毒しましょうかと言われた。ラッキー!!明日は予定が入った。
正直、先日までは自分を助けてくれている天使の様だった看護師さんが”女性”に見えていた。いかんいかん。
帰ったら十分に懺悔しますので許してくださいね、、。
気づいたら喉はもう痛くなくなっていた。
今日もリスミーもらいます。チョコはもらい(もらえ)ませんでした。涙、、。
2月15日抜鉤まえ
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今日も朝から快調。6日前に手術したとは自分でもとても考えられないくらい。本当。カラーなしでも平気では?
朝、元気に挨拶してくれた看護師さんがいた。良くは覚えていなかったが手術後に介護してくれた方だった。その時は顔も見る余裕がなくてごめんなさい。でも介護してくださっているときに天使に思えたのは間違い無い。名前を聞いた。看護師Wさん。今日はもう終わりだが今夜また出勤とのこと。術後あの苦しみを救ってくれていたこと、元気が出て暇してたところに声をかけてくれたこと、本当にありがとう。今日の夜また会えるのが楽しみになって来た。
今日の午前は傷の消毒。担当のF医師がしてくれた。ついでに傷の写真とレントゲンの写真も撮れた。
明日は体拭きと採血。
午後は歩行器散歩と仕事とDVD鑑賞。暇だなー。
21:00今日ももう終わり。リスミーもらいます。
22:30眠れない。リスミー飲んでもう1時間半近く経っている。毎日飲んでいるせいか効かなくなってる?
隣のお兄ちゃんはTVつけてまま寝たらしい。しかもイアホンしたまま寝返りを打ったのかイヤホンがTV側からはずれ、TVのスピーカーから私の耳にがんがん音が入ってくる。言うべきか言わずに我慢するべきか。やっぱりナースコール。「どうしました?」と看護士さん。「隣もお兄ちゃんTVから音が鳴ったまま寝てるらしいんですけど、、。」と私。ちょっと見てみますからと、隣へ行きTVを消してくれた。
ほっと。静かになったところでもう一度寝る体勢にはいるが、、、ダメだ。
今度はトイレにでも散歩しよう。
トイレへとぼとぼ歩いてゆくと偶然同じ日に入院した方と遭遇。
その帰りには仕事中の看護師Wさんにも会うことが出来た「退院するまでに一緒に写真とってくださいますか?」聞いてしまった。ブログにのせる為(嘘?)
「本当ですかー。それじゃーきれいにしておきます。」笑顔で答えてくれた。
そんな笑顔に調子づき、退院後の異業種交流(合コン)の話しはいつしよう。いつの間にそんな話しが、、?はしたない。でも聞いてみるだけでも、、。
ともあれ何ともうれしい気分でベッドに戻ったがまだ眠気は来ない。もう12時半過ぎた。いびきの大合唱の中もう一度横になってみよう、、。
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by haruikuyoshi | 2006-02-25 14:43 | 頸椎椎間板ヘルニア


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