術後から退院まで その3

2月20日 
昨日はなぜか眠れなかった。3時頃に目が覚め、結局朝までDVDを見ていた。体の調子はすこぶる好調。痛くも痒くもない?いや、全身痒い。
朝食後1時間ほど仕事をし、昼まで寝た。好きなときに好きなだけ寝られるのは最高。入院っていいなー!!
昼食後思わぬ来客。
静岡の実家から両親が来た。術後3日くらいしてはじめて、ヘルニアの手術をしていたことを電話しておいた。わざわざ遠くまでありがとう。お土産の”うなぎパイ”をもらい同室の方達に分け一枚だけ自分で食べた。うなぎパイは昔からいやと言うほど食べているので、正直たくさんは食べたいとは思わない。
またも思わぬ出来事。
両親と話しをしているときに看護師さんが来て「おふろはいります?」と。
えっ、いいの。防水の絆創膏をして濡れても大丈夫なネックカラーをすれば入って良いと言うことだった。両親が帰った後早速着替えを持ち、約2週間ぶりのシャワーを浴びた。
泡が立たないほど汚れていたので2度洗い。きっきっきもちいい〜。
17:30 F医師の回診
「おかわりないですか?」いつもの感じ。
痺れは少し軽くなって来ていることと元気なこととを伝える。「今週木曜日に抜糸して金曜か土曜に退院できるね。」退院の言葉がやっと聞けた。自分では水曜日くらいに退院のつもりだったのでちょっと遅いように思えたが、せっかくだからもう少しゆっくりしていこうか?もう風呂も自由に入れるし、なここの生活に慣れたせいか、不自由なものはあまりないし。
注:今は傷を糸で縫うのではなくホッチキスのようなもので止める為”抜糸”とは言わず”抜鉤”(バッコウ)と言うらしい。

2月21日 
5:50 ちょっと早いが起床。ふらふらとトイレへ。
相変わらず左手の人差し指と親指の先の痺れはあるものの以前に比べるとかなり軽くなって来たように感じる。
昨日夜と今日の朝、二人のおじいちゃん患者が同室に入って来た。夜に入って来た患者Iさんは脊柱管狭窄症で痛みがひどく動くのも大変なくらいらしい。動くたびに痛い痛いと言っている。少しでも気がまぎれるようにと話しかけてみる。患者Iさん、菩提寺のやり方に不満があるらしくそのことでいろいろと聞かれた。最近ご両親が菩提寺でお世話になったとき御葬儀のため菩提寺への布施は一人分で○00万円とこちらのご住職から言われ「払えない。少し安くしてほしい。」と言ったら、経もあげずに帰ってしまったそうな。本堂の立て替えにも患者Iさんはいくらか寄付されたよう。煩悩の考える”布施”と言うものは、要求されるものではなく要求するものでも無い。そこに何かの見返りを求めて払う、またはいただくために何かをするのではない。そんなきれいごとが通用するか、金額を言ってくれた方がわかりやすくて良いと言う意見も聞かれるであろう。しかし、こんなことでは葬式仏教と非難されても仕方ない、檀家制度の崩壊も進む一方だ。どうしてこの住職さんは金額を安くしてあげられなかったのだろう。良い訳が聞いてみたい。
気を取り直して少し仕事をし、昼寝をした。
一時間程して起き上がろうとした時、左の薬指と小指が全く動かない。えっ、どうした?
もしや神経が切れた?一瞬血の気が引いた。2、3分経った頃徐々に動くようになって来た。良かった。寝方が悪かったのか?先生に聞いてみよう。
18:20 F医師の回診。このときに痺れのことを聞いてみたが、たぶん寝ていたときに肘あたりの神経を圧迫した為の通常よくある痺れではないかとのこと。
首からくるものではないと言うことで一安心。
昼間退院案内と今月前半の治療費の請求書をいただいた。この計算書から退院するときに払う総支払額を計算すると約33万円。ネックカラー代が定価で約2万円、3割負担で約6000円。入院日数18日。ケチな煩悩は考えた。入院特約でも入っとけば良かった。高額医療費補助でいくら戻って来るのか?個室に入っていたらもう40万円位はかかっていただろうから、この差額でカイエンにナビくらいはつけられるな。
これでは煩悩も前記の住職と変わりないな。反省

2月22日 
眠れなかった。昨日はなぜか2時くらいまでは眼がギンギン状態で、仕方なくPCを開き眠れそうになるのを待っていた。最近リスミー(睡眠剤)一錠では効かないらしい。首の状態は順調だし体力が有り余っているんだろう。昨日同期の患者さんが話していた階段の上り下りをしてみよう。1階から7階まで数往復。
今日は抜鉤が午後からあるし午前中に一汗かいて風呂でも入っとこう。
指の痺れもほとんど気にならないくらいになっている。ネックカラーをしていても首は右左とも30度くらい横を向けるし、視野も入れれば前方250度くらいの所まで見られる。寝返りも、あまり首を気にしてすることはない。先生にはまだ骨は付いていないから無理はしないように言われているが眠れないのもつらい。
隣の患者Iさん腰の痛みがかなりひどいそうで早く手術してもらいたいが、私と同じ担当のF医師から「腰痛だけの手術はない」と言われ、今の所は痛み止めなどの保存療法。脊柱管狭窄症はMRIでわかっているそうなのになぜだろう。無責任なことも言えないのでセカンド・オピニオンを勧めてみた。
「手術出来たあなたがうらやましい」と言われた。以前煩悩も何回かギックリ腰で1週間くらいは苦しんだ。ほんとうに寝返りもうてない。元気になってしまった煩悩はとてもかわいそうに思う。どのように声をかけたら良いか迷う昨日今日である。
10:00 7階の病棟から1階の売店まで階段でお茶を買いに。2週間以上ぶりの階段で7階まで登って来るのは大変で、登り始めてすぐ膝が”ふにゃっと”した感じを覚える。ハアハアと息を切らせながらもなんとか7階まで戻ってこられた。予定道り風呂にも入りこれから昼寝の時間です。おやすみなさい。
10::20 寝る準備が整いさあ寝ようとしたときナースコールのマイクからから呼び出し。「抜鉤しますんで処置室にお願いします。」
なんだ今寝ようと思ったのに。少し緊張しながら処置室へデジカメ片手に行く。
先生が登場し抜いている所を看護師さんにパチリ撮ってもらった。
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神経が抜鉤する場所に集中しているせいか少し痛いような気がした。本当なら全然痛くはないんだろうが、そう感じた。一応ガーゼをした所も風呂に入るときにはもう外して良いと言うこと。後は転んで擦りむいた時のような処置を自分ですれば良いらしい。
首の部分
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腰の部分
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部屋へ帰ると妻と下の娘が見舞いに来ていた。お医者さんセットのおもちゃを二つ(一つはお姉ちゃん用)買ってもらい上機嫌。お姉ちゃんは煩悩の退院後、来週日曜日の発表会の練習が忙しいらしい。もう退院が近くなので妻には余分な荷物も持って帰ってもらった。
13:00 同期入院のK氏の退院。
K氏はおしゃべりが好きで人見知りをしない性格。毎日欠かさず話しをしていた。
「皆さんお元気で!!死ぬまでにはもう一度くらい会うでしょう。」K氏節で言い残し多くの方の見送りを受け帰っていった。
「Kさんもお元気で!!」煩悩も退院まであと2日。金曜の午後には退院。
筋向かいの患者Tさんも転院が決まった。リハビリ専門の病院に今月28日に行くらしい。症状は煩悩が入院したときに比べるとあきらかに良くなっている。リハビリ病院でもがんばってください。そして是非ブログを見てください。写真載せときますから。
向かいの患者wさん明日手術。昨日から手術に関していろいろな説明を受けているのを見ているとつい先日の自分を見ているよう。
18:30 今夜は寝られるように午後は昼寝を我慢していた。となりの患者Iさんに2杯もおいしいコーヒーをいただき、話しをしていたおかげでなんとか過ごせた。睡眠剤も変えてくれるようだ。
19:30 看護師Wさんから今日から処方される睡眠剤の説明書をもらうがよけいな話しはあまりしてもらえなかった。今日から飲む薬は”レンドルミン錠”
その後にいらした看護師Kさん「まだブログ見てないんです。」と言うことで、以前話したブログのことを覚えていてくれた。ありがとう。出来るだけ早く投稿します。
写真撮らしてくれれば良いのに。看護師K村さん必ずコメント残してね。
看護師Kさんに睡眠剤のことも聞いた。リスミーもレンドルミンも導入剤(?)と呼ばれるものらしく睡眠に入るまでをサポートするような薬で3時間くらいで効き目がなくなりあとは自力で寝ることになる。今日は寝るぞ!!
20:30 非常に眠い。このままならそのまま眠れそう。
看護師長代理さんがいらっしゃった。いつも笑顔で挨拶してくれるとても感じの良いし仕事もテキパキとこなしさすがです。

2月23日 
昨日21:10頃レンドルミンを飲みすぐに眠りについたが23:30に起床。トイレへ行き戻って来てからは全然眠れない。1:00頃までは横になっていたがその後DVDを6:00まで見ていた。今日の予定は採血とレントゲン。明日退院の為TVカードを清算しに1階へ階段で往復した。登り4階あたりから息切れが始まる。
8:30朝食後採血。血液中の何を調べるのだろう。試験管2本。ちなみに手術前の検査用の採血は確か5本くらいだった。
昨日?今朝の疲れが出て熟睡。気がつけば11:45昼飯前。
昼食後シャワーを浴びに。怖々と傷口をぬらし、全身を洗い、さっぱりしたところで傷口を撮影。シャワー後はつけていたガーゼも取って消毒も必要ないと言うことだった。
13:30レントゲンの順番が来たと言うのでもう一度階段で1階まで往復。7階に着いた頃には足がプルプル。
ベッドへ戻るとレントゲンを撮りに行くようにと言う内容の置き紙。看護師さんに置き紙を返しDVDを見ているとまた違う看護師さんにレントゲンに言ったのか確認された。確認されるのがいやではないが、、、、。
隣の患者Iさん。現在の痛み止めだけの治療に不満があるらしく、看護師さんに少し厳しい言葉をかけていた。が、その後すぐ自分が言った言葉に対して反省していた。もう4日目になるが痛みが全然取れないらしい。厳しい言葉を発してしまう気もわかる、しかしその後ですぐ反省するのは『良い人なんだ』と煩悩は思う。話しの中でも「痛い痛い」と。隣で痛がっているのを聞いているのは非常につらいが、励ますべきか?同情すべきか?煩悩にはコーヒーを入れて気を紛らわせることしか出来ない。
明日煩悩が退院するのをうらやましく言われると少々つらい。
18:30 退院後の外来の日時の確認。2週間後。レントゲンあり。

2月24日 
荒川静香 金メダルおめでとう!! 煩悩 退院おめでとう!!
6:30起きると女子フィギアスケートのフリー演技をTVで放映していた。
残念ながら日本人選手の演技は見られなかったが、金メダル確定の瞬間と表彰式はLIVEで見られた。アジア初となる女子フィギアスケート金メダル。今日は朝から感動した。あの笑顔だけを見ていると何の苦労もわからないが、かなりの苦難を乗り越えて来たんだろう。自分にまで勇気がわいてくる。涙が出て来た。おめでとう!!本当におめでとう!!

いよいよ今日の午後退院。この20日間良い体験をさせて頂いた。
まずは病院の先生、看護師さん。
心からお礼を申し上げます。ありがとうございました!!
K医師の「すっきり」と言う言葉が今、その通りに感じられます。
看護師長代理さん、Kさん、Wさん、名前を存じ上げない看護師の方々、はじめての入院、手術。煩悩の気持ちをしっかりとサポートして頂きました。
同日入院のKさん、同室のTさん、Wさん、Iさん。また良くお会いして話しをしてくださった別室の方々。長い時間と気持ちを共有したように感じます。良く慰めあいました。(笑)お元気で!!
入院初日から手術まで”死”と言うものを自分が生まれてから一番身近に感じました。退院当日になった今、もう忘れかけているこの気持ちをしっかりともう一度自分の中に刻み込み今後の人生に役立てればと思います。
8:20 最後の回診 K医師「痛みはないね?」
煩悩「首の位置によって痺れるんですけど。」と質問すると。
K医師「まだ骨がくっついていないんだから無理に首はまわさない。骨は12週から16週(?)でつくんだから。」
そりゃそうだ。まだ首をまわすのは早い。
少しずつ荷物をまとめないと。
病室を出る前に皆さんに挨拶。
病棟のエレベーターがくるのを待っていると昼の休憩を終えた看護師さんがタイミング良くエレベーターから出て来た。「お世話になりました。ありがとうございました。」皆さんに挨拶できた。今思えばこのとき写真撮ってもらえば良かった。
12:40 会計を済ませタクシーに乗り込もうとするがしばしタクシーを観察。運転が優しそうなおじいちゃんドライバーを捜しタイミングを合わせて乗り込む。あまり急発進や急ブレーキはまだ怖い。
13:20 無事自宅に到着!!
しばし自宅の雰囲気に酔いしれるが、子供たちが騒ぐ声で現実に引き戻された。
14:30 安心したのか熟睡。
18:00 起きた。自宅に帰って来て精神的には楽になったが肉体的には病院より疲れる。病院ではあまり痛まなくなっていた腰が外を歩くとまた痛い。
19:00 病院よりも1時間遅い夕食。おでんに唐揚げ。病院の食事がまずかった訳ではないが普段食べていた自宅の食べ物は異常にしょっぱく病院の食事がいかに塩分が少なかったかを感じる。出来れば病院と自宅の中間の食事を希望する。
ワイン!!
久しぶりのアルコールはやはりおいしい。

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病院東側の景色
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by haruikuyoshi | 2006-02-25 14:51 | 頸椎椎間板ヘルニア


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