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退院後3日目

退院してからやることばかり。
退院の次の日には長女の幼稚園の発表会あり、妻の祖母が亡くなりてんやわんや。ついにはルーターが故障してネットにつなげない。
さっきまで本当に3日前まで入院してたのかと言うくらい動いてました。
葬儀の方は友引を挟むこともあり明後日に持ち越されましたが、長女の発表会は健康なお父さん方を相手にデジタルビデオをかまえ、たった6分の為に半日かけて幼稚園に行ってきました。帰って来てからは、祖母の葬儀前の打ち合わせや接待。
本当に具合悪くなりました。首の付け根あたりがすごくこっているような感じ。おまけに吐き気と下痢をしていたので早めに休ませて頂きました。無理は禁物と思いながらもついつい。頭の中は健康そのものと勘違いしているようで、、。
毎日ネックカラーをして寝るのがうっとうしい。少し緩めては寝るのだが枕の微妙な高さの違いでその日の睡眠状態が変わってくる。ばっちり合っていればもうぐっすり、合わない時は悲惨です。今朝などは首を絞められる夢を見てうなされておきました。起きてみると汗びっしょり。微妙にネックカラーが首に食い込んでいる感じでした。
今は少し低めの枕を選び、そこにバスタオルを2枚折りか4枚折にして使ってます。上を向いて寝ている時と横向きで寝ている時では肩によって布団から首までの高さが変わりその調整が難しい。そのつどタオルを折ったりのばしたりしてます。良い方法はないでしょうか?

今日昼前、ネットをしようとするがつながらない。モデムから直接はつながるのでルーターの異常かと思いカスタマーセンターへtel。数十回かけてやっとつながったが、結果は故障の可能性が高いとのこと。コ○ガのルーター。ここの商品買ってすぐ初期不良で交換し、その後ちょうど1年数日で故障。
最悪!! コ○ガタイマー着いてるのか?当然保証も効かないと言われるし。
気を取り直しヤ○ダ電器にバッ○ァローのルータを買いに。ついでにLANケーブルも新しく。
帰って来てからは風呂の上にあるルーターを引きずり出し、LANケーブルをCD管の中に通し、設定を完了して、今、投稿している。
風呂の上を覗く時にかなり上を向いたしヤ○ダ電器の駐車場から出る時は右ほうこうをめいっぱい向いたし。また無理してしまった。また首の付け根がこった感じがする
そろそろ横になろう。

masayさんリンクさせて頂きました。
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by haruikuyoshi | 2006-02-27 15:57 | 頸椎椎間板ヘルニア

new911 GT-3

退院したばかりで情報に疎い中こんな情報を見つけました。
new911 GT-3
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by haruikuyoshi | 2006-02-25 19:39 | くるま購入まで

術後から退院まで その3

2月20日 
昨日はなぜか眠れなかった。3時頃に目が覚め、結局朝までDVDを見ていた。体の調子はすこぶる好調。痛くも痒くもない?いや、全身痒い。
朝食後1時間ほど仕事をし、昼まで寝た。好きなときに好きなだけ寝られるのは最高。入院っていいなー!!
昼食後思わぬ来客。
静岡の実家から両親が来た。術後3日くらいしてはじめて、ヘルニアの手術をしていたことを電話しておいた。わざわざ遠くまでありがとう。お土産の”うなぎパイ”をもらい同室の方達に分け一枚だけ自分で食べた。うなぎパイは昔からいやと言うほど食べているので、正直たくさんは食べたいとは思わない。
またも思わぬ出来事。
両親と話しをしているときに看護師さんが来て「おふろはいります?」と。
えっ、いいの。防水の絆創膏をして濡れても大丈夫なネックカラーをすれば入って良いと言うことだった。両親が帰った後早速着替えを持ち、約2週間ぶりのシャワーを浴びた。
泡が立たないほど汚れていたので2度洗い。きっきっきもちいい〜。
17:30 F医師の回診
「おかわりないですか?」いつもの感じ。
痺れは少し軽くなって来ていることと元気なこととを伝える。「今週木曜日に抜糸して金曜か土曜に退院できるね。」退院の言葉がやっと聞けた。自分では水曜日くらいに退院のつもりだったのでちょっと遅いように思えたが、せっかくだからもう少しゆっくりしていこうか?もう風呂も自由に入れるし、なここの生活に慣れたせいか、不自由なものはあまりないし。
注:今は傷を糸で縫うのではなくホッチキスのようなもので止める為”抜糸”とは言わず”抜鉤”(バッコウ)と言うらしい。

2月21日 
5:50 ちょっと早いが起床。ふらふらとトイレへ。
相変わらず左手の人差し指と親指の先の痺れはあるものの以前に比べるとかなり軽くなって来たように感じる。
昨日夜と今日の朝、二人のおじいちゃん患者が同室に入って来た。夜に入って来た患者Iさんは脊柱管狭窄症で痛みがひどく動くのも大変なくらいらしい。動くたびに痛い痛いと言っている。少しでも気がまぎれるようにと話しかけてみる。患者Iさん、菩提寺のやり方に不満があるらしくそのことでいろいろと聞かれた。最近ご両親が菩提寺でお世話になったとき御葬儀のため菩提寺への布施は一人分で○00万円とこちらのご住職から言われ「払えない。少し安くしてほしい。」と言ったら、経もあげずに帰ってしまったそうな。本堂の立て替えにも患者Iさんはいくらか寄付されたよう。煩悩の考える”布施”と言うものは、要求されるものではなく要求するものでも無い。そこに何かの見返りを求めて払う、またはいただくために何かをするのではない。そんなきれいごとが通用するか、金額を言ってくれた方がわかりやすくて良いと言う意見も聞かれるであろう。しかし、こんなことでは葬式仏教と非難されても仕方ない、檀家制度の崩壊も進む一方だ。どうしてこの住職さんは金額を安くしてあげられなかったのだろう。良い訳が聞いてみたい。
気を取り直して少し仕事をし、昼寝をした。
一時間程して起き上がろうとした時、左の薬指と小指が全く動かない。えっ、どうした?
もしや神経が切れた?一瞬血の気が引いた。2、3分経った頃徐々に動くようになって来た。良かった。寝方が悪かったのか?先生に聞いてみよう。
18:20 F医師の回診。このときに痺れのことを聞いてみたが、たぶん寝ていたときに肘あたりの神経を圧迫した為の通常よくある痺れではないかとのこと。
首からくるものではないと言うことで一安心。
昼間退院案内と今月前半の治療費の請求書をいただいた。この計算書から退院するときに払う総支払額を計算すると約33万円。ネックカラー代が定価で約2万円、3割負担で約6000円。入院日数18日。ケチな煩悩は考えた。入院特約でも入っとけば良かった。高額医療費補助でいくら戻って来るのか?個室に入っていたらもう40万円位はかかっていただろうから、この差額でカイエンにナビくらいはつけられるな。
これでは煩悩も前記の住職と変わりないな。反省

2月22日 
眠れなかった。昨日はなぜか2時くらいまでは眼がギンギン状態で、仕方なくPCを開き眠れそうになるのを待っていた。最近リスミー(睡眠剤)一錠では効かないらしい。首の状態は順調だし体力が有り余っているんだろう。昨日同期の患者さんが話していた階段の上り下りをしてみよう。1階から7階まで数往復。
今日は抜鉤が午後からあるし午前中に一汗かいて風呂でも入っとこう。
指の痺れもほとんど気にならないくらいになっている。ネックカラーをしていても首は右左とも30度くらい横を向けるし、視野も入れれば前方250度くらいの所まで見られる。寝返りも、あまり首を気にしてすることはない。先生にはまだ骨は付いていないから無理はしないように言われているが眠れないのもつらい。
隣の患者Iさん腰の痛みがかなりひどいそうで早く手術してもらいたいが、私と同じ担当のF医師から「腰痛だけの手術はない」と言われ、今の所は痛み止めなどの保存療法。脊柱管狭窄症はMRIでわかっているそうなのになぜだろう。無責任なことも言えないのでセカンド・オピニオンを勧めてみた。
「手術出来たあなたがうらやましい」と言われた。以前煩悩も何回かギックリ腰で1週間くらいは苦しんだ。ほんとうに寝返りもうてない。元気になってしまった煩悩はとてもかわいそうに思う。どのように声をかけたら良いか迷う昨日今日である。
10:00 7階の病棟から1階の売店まで階段でお茶を買いに。2週間以上ぶりの階段で7階まで登って来るのは大変で、登り始めてすぐ膝が”ふにゃっと”した感じを覚える。ハアハアと息を切らせながらもなんとか7階まで戻ってこられた。予定道り風呂にも入りこれから昼寝の時間です。おやすみなさい。
10::20 寝る準備が整いさあ寝ようとしたときナースコールのマイクからから呼び出し。「抜鉤しますんで処置室にお願いします。」
なんだ今寝ようと思ったのに。少し緊張しながら処置室へデジカメ片手に行く。
先生が登場し抜いている所を看護師さんにパチリ撮ってもらった。
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神経が抜鉤する場所に集中しているせいか少し痛いような気がした。本当なら全然痛くはないんだろうが、そう感じた。一応ガーゼをした所も風呂に入るときにはもう外して良いと言うこと。後は転んで擦りむいた時のような処置を自分ですれば良いらしい。
首の部分
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腰の部分
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部屋へ帰ると妻と下の娘が見舞いに来ていた。お医者さんセットのおもちゃを二つ(一つはお姉ちゃん用)買ってもらい上機嫌。お姉ちゃんは煩悩の退院後、来週日曜日の発表会の練習が忙しいらしい。もう退院が近くなので妻には余分な荷物も持って帰ってもらった。
13:00 同期入院のK氏の退院。
K氏はおしゃべりが好きで人見知りをしない性格。毎日欠かさず話しをしていた。
「皆さんお元気で!!死ぬまでにはもう一度くらい会うでしょう。」K氏節で言い残し多くの方の見送りを受け帰っていった。
「Kさんもお元気で!!」煩悩も退院まであと2日。金曜の午後には退院。
筋向かいの患者Tさんも転院が決まった。リハビリ専門の病院に今月28日に行くらしい。症状は煩悩が入院したときに比べるとあきらかに良くなっている。リハビリ病院でもがんばってください。そして是非ブログを見てください。写真載せときますから。
向かいの患者wさん明日手術。昨日から手術に関していろいろな説明を受けているのを見ているとつい先日の自分を見ているよう。
18:30 今夜は寝られるように午後は昼寝を我慢していた。となりの患者Iさんに2杯もおいしいコーヒーをいただき、話しをしていたおかげでなんとか過ごせた。睡眠剤も変えてくれるようだ。
19:30 看護師Wさんから今日から処方される睡眠剤の説明書をもらうがよけいな話しはあまりしてもらえなかった。今日から飲む薬は”レンドルミン錠”
その後にいらした看護師Kさん「まだブログ見てないんです。」と言うことで、以前話したブログのことを覚えていてくれた。ありがとう。出来るだけ早く投稿します。
写真撮らしてくれれば良いのに。看護師K村さん必ずコメント残してね。
看護師Kさんに睡眠剤のことも聞いた。リスミーもレンドルミンも導入剤(?)と呼ばれるものらしく睡眠に入るまでをサポートするような薬で3時間くらいで効き目がなくなりあとは自力で寝ることになる。今日は寝るぞ!!
20:30 非常に眠い。このままならそのまま眠れそう。
看護師長代理さんがいらっしゃった。いつも笑顔で挨拶してくれるとても感じの良いし仕事もテキパキとこなしさすがです。

2月23日 
昨日21:10頃レンドルミンを飲みすぐに眠りについたが23:30に起床。トイレへ行き戻って来てからは全然眠れない。1:00頃までは横になっていたがその後DVDを6:00まで見ていた。今日の予定は採血とレントゲン。明日退院の為TVカードを清算しに1階へ階段で往復した。登り4階あたりから息切れが始まる。
8:30朝食後採血。血液中の何を調べるのだろう。試験管2本。ちなみに手術前の検査用の採血は確か5本くらいだった。
昨日?今朝の疲れが出て熟睡。気がつけば11:45昼飯前。
昼食後シャワーを浴びに。怖々と傷口をぬらし、全身を洗い、さっぱりしたところで傷口を撮影。シャワー後はつけていたガーゼも取って消毒も必要ないと言うことだった。
13:30レントゲンの順番が来たと言うのでもう一度階段で1階まで往復。7階に着いた頃には足がプルプル。
ベッドへ戻るとレントゲンを撮りに行くようにと言う内容の置き紙。看護師さんに置き紙を返しDVDを見ているとまた違う看護師さんにレントゲンに言ったのか確認された。確認されるのがいやではないが、、、、。
隣の患者Iさん。現在の痛み止めだけの治療に不満があるらしく、看護師さんに少し厳しい言葉をかけていた。が、その後すぐ自分が言った言葉に対して反省していた。もう4日目になるが痛みが全然取れないらしい。厳しい言葉を発してしまう気もわかる、しかしその後ですぐ反省するのは『良い人なんだ』と煩悩は思う。話しの中でも「痛い痛い」と。隣で痛がっているのを聞いているのは非常につらいが、励ますべきか?同情すべきか?煩悩にはコーヒーを入れて気を紛らわせることしか出来ない。
明日煩悩が退院するのをうらやましく言われると少々つらい。
18:30 退院後の外来の日時の確認。2週間後。レントゲンあり。

2月24日 
荒川静香 金メダルおめでとう!! 煩悩 退院おめでとう!!
6:30起きると女子フィギアスケートのフリー演技をTVで放映していた。
残念ながら日本人選手の演技は見られなかったが、金メダル確定の瞬間と表彰式はLIVEで見られた。アジア初となる女子フィギアスケート金メダル。今日は朝から感動した。あの笑顔だけを見ていると何の苦労もわからないが、かなりの苦難を乗り越えて来たんだろう。自分にまで勇気がわいてくる。涙が出て来た。おめでとう!!本当におめでとう!!

いよいよ今日の午後退院。この20日間良い体験をさせて頂いた。
まずは病院の先生、看護師さん。
心からお礼を申し上げます。ありがとうございました!!
K医師の「すっきり」と言う言葉が今、その通りに感じられます。
看護師長代理さん、Kさん、Wさん、名前を存じ上げない看護師の方々、はじめての入院、手術。煩悩の気持ちをしっかりとサポートして頂きました。
同日入院のKさん、同室のTさん、Wさん、Iさん。また良くお会いして話しをしてくださった別室の方々。長い時間と気持ちを共有したように感じます。良く慰めあいました。(笑)お元気で!!
入院初日から手術まで”死”と言うものを自分が生まれてから一番身近に感じました。退院当日になった今、もう忘れかけているこの気持ちをしっかりともう一度自分の中に刻み込み今後の人生に役立てればと思います。
8:20 最後の回診 K医師「痛みはないね?」
煩悩「首の位置によって痺れるんですけど。」と質問すると。
K医師「まだ骨がくっついていないんだから無理に首はまわさない。骨は12週から16週(?)でつくんだから。」
そりゃそうだ。まだ首をまわすのは早い。
少しずつ荷物をまとめないと。
病室を出る前に皆さんに挨拶。
病棟のエレベーターがくるのを待っていると昼の休憩を終えた看護師さんがタイミング良くエレベーターから出て来た。「お世話になりました。ありがとうございました。」皆さんに挨拶できた。今思えばこのとき写真撮ってもらえば良かった。
12:40 会計を済ませタクシーに乗り込もうとするがしばしタクシーを観察。運転が優しそうなおじいちゃんドライバーを捜しタイミングを合わせて乗り込む。あまり急発進や急ブレーキはまだ怖い。
13:20 無事自宅に到着!!
しばし自宅の雰囲気に酔いしれるが、子供たちが騒ぐ声で現実に引き戻された。
14:30 安心したのか熟睡。
18:00 起きた。自宅に帰って来て精神的には楽になったが肉体的には病院より疲れる。病院ではあまり痛まなくなっていた腰が外を歩くとまた痛い。
19:00 病院よりも1時間遅い夕食。おでんに唐揚げ。病院の食事がまずかった訳ではないが普段食べていた自宅の食べ物は異常にしょっぱく病院の食事がいかに塩分が少なかったかを感じる。出来れば病院と自宅の中間の食事を希望する。
ワイン!!
久しぶりのアルコールはやはりおいしい。

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病院東側の景色
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by haruikuyoshi | 2006-02-25 14:51 | 頸椎椎間板ヘルニア

術後から退院まで その2

2月16日
しばらく天井を見上げながらうとうとしていたのを覚えているが気づくと朝だった。
看護師さんは二人いた。一人は看護師Wさん。おしぼりを配っていたが私にはくれなかった。なんで?しかもゲホゲホ咳もしていた。風邪をひいたのかな?とりあえず昨日写真を撮る約束をしたので、その写真を乗せる私のブログを見てもらおうとアドレスを紙に書き渡した。「調子がよくなったら見ます。」やはり具合が相当悪いらしい。何日か待とう。
朝食のあと採血。看護師長代理さん。刺すのを少し失敗したらしく「すみませんちょっと痛かった?」言われなくてはわからないくらいでしかなかったので前々平気。でも、針を刺すのはやはり痛い。その後レントゲンを撮りに行く。今回は正面と横の2カ所から。この間のボーズの印象の悪いお兄ちゃんではなかったのでよかった。しかし、今日も別の患者さんには彼らしい接し方をしていた、。坊主頭の彼自身悪気は無いのだと思う。しかし、自分が世界の中で生かされていると言う自覚が無いのだろう。誰か上司にこの態度を直すよう注意するものはいないんだろうか。病院自体の体質が疑われる。このレントゲンの受付もなんだか無愛想。忙しさに負けるな!!一生懸命やっているスタッフに申し訳ないじゃないか!!長年(約20年)一人一人のお客様に精根尽くして接して来たつもりの煩悩にはあの態度は許せない。自分の会社には絶対いてほしくないタイプだ。うちの社員なら注意するし、治らなければやめてもらうだろう。
少々興奮気味になったが、病室へ帰る前に図書室によってみる。
ここには有料のインターネット専用端末が置いてあり久しぶりに自分のページを見た。看護師Wさんが見てくれたときにコメントを残してもらうようにも投稿して来た。ついでに医学関係の本(運動障害)と看護師の介護方法の本も見て来た。この看護師の本の中に患者との接し方や話し方が書いてあった。
接し方
1、患者が話すことに反論せずありのままを受け入れる。
2、患者の不安や訴えの言葉をそのまま用いて質問を繰り返し患者が本当に言いたいことや問題を探る。
3、患者が気付いていないその態度や諸条件から推測できることを患者に確かめる。
同じ病室にもいろんな症状、性格の方がいた。時には怒りを表に出してしまう方もあったが決して反論はしていなかった。また、そのようなことからも患者の病状に対する不安もわかるのだろう。私の場合は不安だと無口になるが、元気になってきた今では看護士さんもっと話しかけてくれー。もっとかまってくれー。忙しそうな看護師さんを指をくわえて見ているでけでは寂しいよー。と思う。
話し方
1、ゆっくりはっきり発音する。
2、専門用語をむやみに使わない。
3、要点を押さえ長々話さない。
4、断定的な言い方はしない。
5、尊敬の念を常に忘れない。
すぐ前にも書いたが3、に関しては患者が元気になってくると長く話したいものだ。(私だけ?)
こちらの看護師の皆さんは本当に忙しそう。今月からこの病院のシステムが変わったせいもあるのか、同じことを2度3度聞かれることもある。時間も良く遅れる。少なすぎるように見える人数とこのようにまだ確立されていないであろう労働環境のもとよく頑張っていらっしゃる。
願わくば上記のようなことが、仕事だからするのではなく、心からしてもらっていると患者側からは感じられたい。”博愛の精神”こちらの病院の標語になっている。煩悩の世界では”慈悲”とでも言おうか。看護師さんにもよるが見返りを求めない”慈悲の心”がもう少しあれば少しくらいのことは患者は許せよう。当たり前かもしれないが大部分の方は”仕事”をしているように見える。
こんなことも思いだした。
菩薩の自他行である六波羅蜜の一つ布施波羅蜜の中にある”無畏施”これは人の悩みや恐れを取り除き安心を与える無財の七施(お金ではない七つの布施)
1、眼施:優しいまなざしで人に接する。
2、和顔施:和やかな明るい顔で人に接する。
3、言辞施:優しい言葉をかける。
4、身施:身を以て布施する。手助けをする。
5、心施:心の底から人を思いやる慈悲心を施す。
6、ショウ座施:お年寄りや病人に席を譲るような行為。(お詫び:ショウの漢字は”妝”の右側の女が木の字です。)
7、房舎施:困っている旅人に一夜の宿を提供するなど。(昔はお遍路さんなどに対して行われていた。)
心から。見返りを求めない。なかなかこれは出来ないが、理想はわかっておいた方が良い。最初だけ気をつけていれば自然とできてくるはず。煩悩が言う”仕事”に見えなくなってくると言うか。
『慈悲の熟する時。慈悲して慈悲を知らぬとき仏といふなり。』どこかで見た言葉。
13:00同期の患者Kさん(同じ日に入院したおじさん)との会話が弾み(?)昔話を十分聞かされ(?)時間はあっという間に過ぎた。
16:00看護師Kさんが明日の予定を教えてくれる。
Kさん「○○さんリハビリです。△△さんレントゲンです。煩悩さんは、、、なにもありません。」うぇ〜。思わず次の言葉が出た。
「明日は何したらいい?最近元気になったのはいいけど看護師さんかまってもらえなくて目の前を素通りしていくだけだから寂しいよ。」愚痴をこぼしていた。
それが話のきっかけになりブログのアドレスを伝え。笑いがもれ、短いながら話しが出来た。少しは欲求が満たされた気分。明日も声かけてみよーっと。お願いだから邪魔にしないでね。
ブログに載せる為の写真を退院までに看護師さんと一緒に撮ってもらおう。
18:30 友人がお見舞いに来た。仲の良い友達なので今までしゃべらなかった分一気にしゃべった。車のこと病院のことなどいろいろ。
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途中K医師が病状を聞きに来た。採骨した腰の周りが筋肉痛のように痛いことだけ伝え、ついでに一緒に写真を撮ってもらおうと声をかけたら快く撮らせてくれた。カメラを取りに走って病室に行く煩悩を見て先生が思わず「おい!」
撮影はしっかり握手して「こんな感じかな?」とポーズまで決めてくれた。ちょっと手ぶれしてた。撮影は友人。
友人と十分に話しをした後、友人は誰かかわいい子はいないかとナースステーションをのぞいて帰っていった。うらやましい性格だ。
20:30 寝る準備。いつものように闘病記を書きリスミーをもらって、DVDを見て寝る。
2月17日
昨日は気がついたら寝ていた。
もう入院生活が体になじみ夜もぐっすりだ。仕事もはかどるし自由だし退院する頃にはもっと居たくなるのかな?今日も予定はなし。明日も予定はなし。体も順調に回復しているようで、指先の痺れと腰の筋肉痛のような痛みだけ。ビリッとくるような痛みは出なくなった。
朝、回診に来たF医師にもそう伝える。
朝食後少しだけ仕事をして、疲れたので横になると昼まで寝ていた。
16:00同じ日に入院したおじさんが遊びに来た。おじさんと話しをしながら看護師さんに写真を撮っていいか声をかけてみるがみんないやがる。やっぱりそんなもんだろう。
看護師Kさんがみんなで一緒にとればいいんじゃないかと言う提案をしてくれた。本当にそうなってくれればよいが、昨日看護師長さんに聞いてくれるといってくれた看護師?さんからは返事なし。今日何度も会っているのにその話題は出ない。口ではそれらしく言うのだが彼女にとってはどうでも良いことなんだろう。忙しそうだし関係ないことをしつこく聞くのも嫌なので、看護師Kさんの話しがダメなら聞くのはもうやめよう。写真!写真!と言っていると変態扱いされる可能性もあるし、、。(自分の欲求が満たされないとすぐ卑屈になるはよくないと反省!!看護師さんごめんなさい。)
同期患者Kさんとの会話は2時間近くに及び夕食の時間が近づいた為おじさんは帰っていった。来週火曜日抜糸した後退院予定らしい。
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19:30 歯でも磨いてこよっと。
そうだ、明日か明後日娘たちがくるかもしれない。楽しみだが本当はこの病院、感染症予防の為に10歳未満の子供は面会禁止らしい。でも先週土日曜日には多くの子供が来ていた。
22:00 リスミー飲んで寝よっと。

2月18日
今日は子供たちが来てくれる日。
首の周りと腰の辺りが痒い。傷口が治りかけている証拠なのか風呂に入っていないからか?
看護師さんに聞くと体拭きは明日の予定(3日に1回)
持ってきた孫の手で掻くハズだった背中は全然痒くない。
う〜。首と腰が痒い。
我慢できず首のカラーを外して掻いた。傷の周りから少しずつ近くへ。慎重に慎重に。
きっ、きもちいい〜。
昼頃に子供たちがやって来た。
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久しぶりだね!元気だったかい?
「パパ首大丈夫?」「いたくない?」「首はもうくっついたの?」もうすぐ3歳の下の娘の言葉。今年5歳の幼稚園児のお姉ちゃんは水でくっつくビーズでウサギさんを作って来てくれた。「パパにあげるんだ」と昨日一生懸命作っていたらしい。娘たちよー。大げさだが家族と言う血のつながりを感じた一瞬。子供たちがうるさいので30分くらいで帰ってしまったが、本当にうれしかった。ありがとう。
今日の残りの楽しみは看護師Wさんと写真を撮ってもらうこと。朝おしぼりをもらったときに今日の夜撮る約束をした。暇ができたら声かけてってお願いしておいた。
、、、、、、。
21:30本当に撮ってくれるのかな?消灯時間はもう過ぎたが、、。

2月19日
昨日11:30までは覚えているがその後夢の中へ。結局、声はかからず、気付いたら朝だった。期待したのが間違い?
6:15 昨日遅くにリスミーを飲んだせいか異常に眠いのと、首の傷が蒸れたのか寝相が悪かったか掻いたせいか首の傷口が少々痛い。ふらふらとトイレへ。
帰って来てまた寝た。
8:00朝ご飯を食べてまた寝た。
10:30同室のおじいちゃん患者Wさん。このかた頻繁にナースコールする。「トイレ行きたいんだけど。」「ベッドに移りたいんだけど。」etc.1時間おきくらいに。
今日はなんと「助手さんにコーヒー買って来てもらいたいんだけど。」だって、、。1階の自動販売機。
暇つぶしに煩悩が行ってくるか。「患者Wさん私が行ってきますよ、暇だし。」お金をもらって好みを聞き、買って来てあげた。「悪いね。」と患者Wさん。
話ついでにおじいちゃん患者Tさんにも声をかける。患者Tさんリハビリの時ほとんど寝たきりだが、早く体が良くなるように毎日ベッドの中で運動している。手がもう少し自由になったらパソコンでネットとメールをしたいと言う。それではと、デジカメで患者Tさんの写真を撮りブログのアドレスを教えて「ネットが見られるようになったらここにアクセスしてくださいね。患者Tさんの写真ものせますから。」
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煩悩のPCも見せながら話していた。『Tさん、載ってますよ。早く良くなってご自宅に帰れると良いですね』
14:00 今日のイベント、体拭きが来た。担当は看護師Wさん。背中だけはお願いして他は自分で拭いていると、患者Wさん「コーヒー買って来て」また看護師さんにお願いしている。目の前の患者?さんも「リステリンがほしい。」と看護師に話している。またも煩悩の出番とばかりに「リハビリついでに私が行ってきますよ。首以外は元気ですから。」
気分転換に、運動に、ちょうど良い時間を過ごした。
今日は良い暇つぶしができた。気分がいい。
良いことをすると良いことがあるもので、帰って来た後に看護師Wさんと念願の写真が撮れた。自分のブサクな顔がにやけているのがはっきりわかる。
看護師Wさん。
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忙しいのにすみませんでした。
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by haruikuyoshi | 2006-02-25 14:46 | 頸椎椎間板ヘルニア

手術から退院まで

手術直前写真
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2月9日
12:30看護師より手術は13:00からということを伝えられ準備を始める。なんだか期待感が先立ち怖い気持ちより早くしたい気持ちが涌いて来た。
13:00少し遅れて手術室に入る。移動ベッドに乗り換えるが結構狭くてきつきつ。看護師の申し送りが終わりいよいよ手術室へ。またもベッド移動。今度は”まな板 ”失礼、手術台の上。自分の体の幅しか無い。これじゃ寝返り売ったら落ちる。手は横においてある別の台の上におく。体は全裸で乗りその上にバスタオルがかけてあるだけ。F医師が「これから始めますねー。」と。
手術台に登り心電図などをつけマスクからガスのようなものを吸い込んだ。「吸ってー。吐いてー。」3、4回したであろうか?
「麻酔が入りますからチクッとします。これは薬の性質ですので、、。」
後ろの首の付け根がちくちくしたかと思うと「○○さん。○○さん。」
「終わりましたよ!!」え、何が起きたの?
気持ちよく眠れたー。しばらくは覚醒室にいたようだ。
目が覚める直前見ていた夢を、思いだした。カイエンに乗ってカレーを食べにいっていたような??
そう思っているうちに痛みがどんどんと増して来た。激痛。主に採骨した腰。「いてててて」手術したことを実感する。
首を切ったはずなのに首より、採骨した腰の腸骨がかなり痛む。
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病室へ着いて妻に時間を聞くと17:30。左首には傷口内の血を抜くドレーン、尿道カテーテル、酸素マスク左腕に点滴。チューブだらけ。
これで終わったんだ。手術が終わったんだ。これ以上痛くなることは無い。とりあえずうれしい。、、が、手術後までには変えてくれると言っていた電動ベッドはやはり手動ベッドのまま。明日からどうするの?
水が飲めないため錠剤ではなく痛み止めの座薬を入れてもらう。30分ほどでずいぶん楽になった。
寝返りがうてない(自分ではうってはいけない)ためたびたび看護師さんに体勢を変えてもらう。夜は痛み止めと眠れる点滴もしてもらう。ナースコールが一度だけ手元になかった時があった。ナースコールがないとまさに地獄だ。体勢を変えたいがどうやって看護師さんを呼ぼう。下になっている腕が痛くてたまらない。ううぅぅ、、。幸い術後は2時間置きに看護師さんが見に来てくれたので助かったがそれからは何はなくともナースコールを目の前に置くことを忘れはしなかった。長い時間が過ぎた。やっと朝。こんなに夜が長いとは。痰も絡んで苦しかった。でも、一晩なんとか乗り切った。夜通し診てくれた看護師さんありがとう。”観世音菩薩”のようでした。”天使”でなくてごめんなさい。(笑)

手術し終わって思ったこと。
死ぬのはすごく簡単。全身麻酔して呼吸補助しなければそれで何の苦しみもなく死ねる。
煩悩は今まで、どうやって人生の最後である”死”という苦しみを楽に迎えるかを考えることが良くあった。
人間はその日その時何をするか?常に変化する人生。その日その時をいかにして感じ、何をするかを一々決めて行かなければならない。今幸せ(?)に思って生きていることの方が”死”よりもっと苦しいはずだ。やはり生きると言うのは”苦”なんだな〜。じゃあ何で生きてるの?私にもわからない。仏教的に言えば仏になる為に修行していると言うことだが。十界の中の上4つ(声聞、縁覚、菩薩、仏)は輪廻しない。上から5番目の天に生まれても苦はある、天国は人間界のように仏になる為の修行の妨げになるものが一切ないところ。従って天人は輪廻するために”死”が来る。人間が死ぬ時の16倍の苦しみらしい。出来れば煩悩はもう一度人間に生まれ変わりたい。
こんなことも言われている。”人間に生まれて来るのは大海に落ちた針を探すようなもの”この確立で次回も人間に生まれることが出来るかな?

2月10日
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6:00起きた。というよりほとんど起きていた。
朝には抗生剤の点滴。8:00酸素マスクを外されネックカラーをしてベッドを起こしてもらう。もう起きて大丈夫なの?首がグキッといきそう。両手で頭を押さえながら、、起きた!!
ふうっ。やはり起きていた方が気持ちいい。でも腰が痛い。首はなぜかあまり痛くない。
調子に乗って動かしすぎると左腕にビリッと電気が走る。水を一口含むとやはり喉が痛い。
朝食も少しずつだが食べられた。当然だが口いっぱいにほおばって一気に飲み込むと喉がとても痛い。
K医師が6、7人の医師を連れて回診。ドラマで見たような光景。
「調子はどう?」一人一人に声をかけてゆく。
10:00腰は痛いが調子は良いので看護士さんに立たせてもらい車椅子でトイレへ試しにいってみた。これで”大”は出来そう。ベッドの上ではしたくなかったからほっとした。車いすはなぜか楽しい。
14:00尿道カテーテルを外す。ヌルッと不思議な感じ。特には痛くなかった。
あとは血を抜くドレーンだけだが明日以降になると言っていた。
夕方にも抗生剤の点滴。
16:00おかしい。水はかなり飲んでいるが尿がたまった感じがしてこない。看護師さんに相談して立って尿瓶にしてみる頃に。100mlほどは出た。このとき排尿痛があった。まだ下っ腹には張る感覚があるがもうでない。急に不安になる。手術失敗?ヘルニアで神経がやられていると尿意がなくなるのを聞いていたから。
もう一度カテーテルをするかF医師に相談することに。痛そうだからもう一度カテーテルをいれるのは嫌だ。が、水をよく飲んで出すことを心がけるように言われたでけだった。まだ、術後間もないために神経が腫れているからではと。長く続くようなら泌尿器科へ。そういえば手術前にK医師より術後神経が腫れて一時的に症状が悪化することがあることを聞いていた。もう少し様子を見よう。まだ不安。
寝る前に痛み止めと眠れる薬を点滴して頂けることになった。
今日は本当にブルーな気持ちが続いた。
途中で寝たくてもベッドを寝かすには看護師さんを呼ばなくてはならない。また起きるときにも起こしてもらはなくてはいけない。一日何度もこれを繰り返すたびに呼ばなくちゃいけない。ナースコールしても忙しそうだし、すぐには来てくれない。時には20分も待った。なんで自分だけ電動じゃないんだーー。
忙しそうにしている看護士さんを見ていると声をかけるのは申し訳ない。
夜は薬でぐっすり眠れたかと思ったが時計を見てみるとまだ12時。何度か自分で無理矢理(自分の両手で頭を支え首をひねらないようにゴロンと言う風に)
返りを打ち寝ていた。少し寝ては目が覚めが繰り返される。
しかし昨日に比べればかなり楽ではある。
2月11日
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夜中に一応小用をしておいた。
朝、この日になったら看護師さんを呼ばずとも自分でベッドをを降り手動ベッドの背もたれを起こせるようになっていた。。採骨した腰は傷むがなんとかしゃがめた。
首の痛みは変に動かさなければほとんどない位。
朝食中お茶を期間に入れてしまい咳が止まらない。咳をすると腰と喉がかなり痛い。気をつけない、と思いつつまた気管に入った。いててて、、、。
朝6時目が覚め検温、血圧、脈などを検査。今日はドレーンが抜ける。これで体から出ているチューブは全てなくなるがうれしい反面抜くのは怖い。抜く時は痛いのか何度も看護師の方に確認。”ヌゥ〜”とした感じだそうな。
同じ日に入院し、同じ日の私の前の手術した方をお見舞いに。トイレに立ったついでに車椅子で散歩もかねる。
尿のことを話すとはじめはそんなものでそのうち治るとのこと“ホッ”と一安心。
このかたは脊柱管狭窄症。みのもんたと同じで他にも手術経験があるらしく信頼できる。
10:00また車椅子散歩をしていたら看護師さんに呼び止められドレーンを抜くからこちらへ、と処置室に連れて行かれた。そこで看護師さんはいろいろと準備をしてから先生を呼びにいった。
看護師さんがすぐ抜いてくれると思っていたので先生が来るまで不安だった。痛いのかなー。
はさみとピンセットを持った先生が現れ、さ〜抜きますよ。はさみが目の前にあってとても怖い。これで皮膚を切るなんてこと無いよね?怖がりながらも口では「テープをはがす方が痛いかも。」なんていいながら「もう抜けました?」とも聞いてみる。
「まだだよ。」と看護師さん。まだかー。痛いのかなーと想像が膨らんでいるその時”ヌゥ〜〜。”抜けた。ドレーンの先に血がゼリー状になって付いていた。
ホッツと一息。あまり痛くはなかった。その後消毒しガーゼを貼付け車椅子散歩に戻った。
夕方にかけて喉の痛みが和らいで来た。ついでに採骨あとの腰も。今日は痛み止めはなくても良さそうだ。
夜、痛みはないものの眠れない。0時頃リスミー(睡眠剤)をもらう。
2月12日
睡眠剤(リスミー)のおかげでぐっすり眠れた。朝食を食べたあとまだ眠たかったので横になってみたらすぐ寝てしまった。起きたのは看護師さんの「ご飯よー」の声だった。もちろんお昼ご飯。3時間以上ぐっすり寝ていた。恐るべしリスミー(睡眠剤)
これで睡眠不足は解消し頭はすっきり。あとは尿意がまだはっきりしないのと、気持ちよい便通がない。便秘している訳ではないと思う。少しだけ出る便は適度に柔らかい。
未だ車椅子なのですわってばかりいるせいかと思い。看護士さんにまだ歩行器はダメですかと尋ねると先生の許可がいるというとのこと。明日まで諦めるか。
それからしばらく車椅子散歩をし部屋に戻ったときにちょうど検温の時間。その看護士さんいはく明日の予定は体噴き、レントゲン、、、、歩行器での歩行許可が出てますね。
あれ?許可が出てるんなら早くやらしてよっ。もう昨日からお願いしているのに。忙しさにかまけちゃいけませんよ、、。何も知らないのに思った。(術後看護士さんが観音様に見えていたのに勝手なもんだ。)そういえばまだ電動のベッドはこない。これも諦めるか。自分で出来そうだし。
術後こんなにも早く元気になるとは思いもよらなかった。首さえ気をつければ今日にでも帰れそうな位だ。
良かった。手術をして本当に良かった。元気になってみるとより強く思う。。
寝る前一応リスミーを頂き、明日歩行器での訓練をしてもらうことを看護士さんと約束して寝る。

2月13日
昨日もぐっすり眠れた。寝返りもなれたもので少々無理をしても痛くはない。ビリッと電気が走る感じもなくなって来た。腰は体勢によってかなり傷む。
今日はやっと歩行器で歩ける。座りすぎで腰の別な所が痛い。
また今日はレントゲン撮影もあるということで術後今までで一番忙しい日になりそうだ。
朝から気分も良く、持って来ていた仕事を始める。
仕事をしていると朝の検温をしに看護士が来た体温は平熱、血圧も正常。
一応今日の予定を確認。レントゲンと歩行器。OK。わかってる。
調子良く仕事も再開し、楽しみは午後になるのでそれまではこれをする。
朝の検診に担当のk医師とF医師が来てくださった。経過は順調。
午後にはレントゲンと歩行器が待っているので。車椅子散歩は少しだけ。仕事に集中しよう。
14:00同室の患者さんが風呂に行きその後レントゲンに2人ほど行った。
次は私の番か。、、、が、待てど暮らせど声はかからない。なんで?
16:00再度看護士さんが検温に来たときに「3日前には歩行器での歩行許可が出てるんですけどまだ、、。」確認!「そうでしたかそれではやりましょう。」
5分後くらいに歩行器を持って来て頂き院内を一周。「ふらふらしてませんか?」と看護士さん。ふらふらする訳ない。昨日からスクワットをしていたんだぞ。そんなことは言えずに「全く大丈夫です。これでいけます。」しばらく歩行器散歩。視線の高さが快適!!自分の足で歩けるよろこび。
でもまだレントゲンの順番はこない。少々いらだつ。でもみんな忙しくて一生懸命なんだ、私はあとで我慢しよう。なんて格好良すぎ、、?
16:30気を取り直してオリンピックのハーフパイプを談話室で見ていた。そこにK医師。「順調だからね、でも骨はまだくっついてはいないよ。無理しないで、ゴロゴロしているのが一番だよ。」いつもの口調で優しくおっしゃった。
そろそろ17時。もうやばい、レントゲン屋さんが終わってしまう。
ナースステーションの入り口で出て来た優しそうな看護士に声をかけた。「あのう、今日レントゲン予定なんですけれどもまだですか?」
「えっ、」看護師さんはすぐにナースステーションの中に入り確認しているよう。
出て来た。「すみません、すぐ行ってください。」なんだい!!忘れてたんかい!!
「急いでいってください。もう終わりそうです。」
急げって?今日歩行器の練習したばかりじゃない。しょうがないなー。(怒小)
なんとかレントゲンの場所に間に合ったがぎりぎり。レントゲンの受付のお姉さん2人は顔を見合わせ「ギリギリだよ。」と言わんばかり。(怒中)
順番待ちはあるはずもなく坊主頭のお兄ちゃんから名前を呼ばれた。レントゲン室へ。このお兄ちゃん相当無愛想。しかも「そこにメガネとカラー外してこちらへ来てっ。」さっさとこっちへ来いとばかりにこちらを見て待っている。ド近眼の私。足下もよく見えないし歩行器が入らないレントゲン室で手ぐらい引いてくれよ。こけて首が折れでもしたらどうしてくれるんだ。そしてのボーズ頭とその嫌そうな態度はいい加減にしろ。(怒大)
爆発は免れたがまた修羅の心が、、。反省!
あっそうそう。今日は体も拭いたんだっけ。気持ちよかった〜。でも早く風呂に入りたい〜。
明日は洗髪の予定だが丁寧にお断りした。髪無いし、、。笑
シャンプーして首のところに石けんが残ったらカラーでムレてかぶれるのは眼に見えている。私はいつものマイシャンプー意外では良くかぶれるのだ(変にデリケートなところも)相当上手くないと首のところにはシャンプーが残る。ましてや首の骨が折れている状態のシャンプーではなおさら。看護師さんのシャンプー技術が心配だ。(本当にごめんなさい。私は元プロだから。)
今日シャンプーしているのを偶然見つけて心配になった。
『レントゲン写真一番下の軟骨を削った部分に腸骨を入れてあるのがお分かりでしょうか?ここの色の境がなくなれば骨は着いていると言うことでした。』
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夕方担当のF医師がいらっしゃってレントゲンを診た結果、骨はきれいに付いていますとのこと。写真も見せてもらったが本当にきれいについているもんだ。大きさも私の頸椎の骨にピッタリと言う感じで一回り小さい訳でもなく大きくてはみ出してもいない。さすが先生。ここの病院でよかった。つくづく思った。ホームページで見たボルトを使わなかった例の写真より全然きれいな感じ。安心安心!!
今日一日終わった。尿もたまる感覚が戻って来たし便通も普通に出た。元気になるに連れよく思う、痺れは治らなくてもつくづく手術して良かった!!ありがとう先生、看護士さん。
2月14日
今日も朝までぐっすり。腰の痛みも日を追うごとにになくなり、病院に来て首と腰以外はすこぶる健康になった。煙草は吸わないし酒も飲まない。夜9時に寝て朝6時には起きる。天台小止観(天台大師チギが病気の兄を見舞って書いたものと言われている)に出ている調五時?がいくつか整うだけでこんなにも調子がよくなるものか。
しかし、ここは軟禁状態!欲求を満たすものがあまりに少ない、やることがない。今日はバレンタインデー!!
しかしこれは煩悩の為の行事ではなく、今日も一日歩行器散歩メインにオリンピック観戦。
午後に看護婦さんにお願いして常時つけていた点滴の針を外してもらった。
ウ〜ン、体が臭い。これでは看護士さんに失礼だ。
握力を測ったところ 右52kg左51kg 左にずいぶん力が入るようになった。自分でも驚き。
夕方の回診でF医師に明日は消毒しましょうかと言われた。ラッキー!!明日は予定が入った。
正直、先日までは自分を助けてくれている天使の様だった看護師さんが”女性”に見えていた。いかんいかん。
帰ったら十分に懺悔しますので許してくださいね、、。
気づいたら喉はもう痛くなくなっていた。
今日もリスミーもらいます。チョコはもらい(もらえ)ませんでした。涙、、。
2月15日抜鉤まえ
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今日も朝から快調。6日前に手術したとは自分でもとても考えられないくらい。本当。カラーなしでも平気では?
朝、元気に挨拶してくれた看護師さんがいた。良くは覚えていなかったが手術後に介護してくれた方だった。その時は顔も見る余裕がなくてごめんなさい。でも介護してくださっているときに天使に思えたのは間違い無い。名前を聞いた。看護師Wさん。今日はもう終わりだが今夜また出勤とのこと。術後あの苦しみを救ってくれていたこと、元気が出て暇してたところに声をかけてくれたこと、本当にありがとう。今日の夜また会えるのが楽しみになって来た。
今日の午前は傷の消毒。担当のF医師がしてくれた。ついでに傷の写真とレントゲンの写真も撮れた。
明日は体拭きと採血。
午後は歩行器散歩と仕事とDVD鑑賞。暇だなー。
21:00今日ももう終わり。リスミーもらいます。
22:30眠れない。リスミー飲んでもう1時間半近く経っている。毎日飲んでいるせいか効かなくなってる?
隣のお兄ちゃんはTVつけてまま寝たらしい。しかもイアホンしたまま寝返りを打ったのかイヤホンがTV側からはずれ、TVのスピーカーから私の耳にがんがん音が入ってくる。言うべきか言わずに我慢するべきか。やっぱりナースコール。「どうしました?」と看護士さん。「隣もお兄ちゃんTVから音が鳴ったまま寝てるらしいんですけど、、。」と私。ちょっと見てみますからと、隣へ行きTVを消してくれた。
ほっと。静かになったところでもう一度寝る体勢にはいるが、、、ダメだ。
今度はトイレにでも散歩しよう。
トイレへとぼとぼ歩いてゆくと偶然同じ日に入院した方と遭遇。
その帰りには仕事中の看護師Wさんにも会うことが出来た「退院するまでに一緒に写真とってくださいますか?」聞いてしまった。ブログにのせる為(嘘?)
「本当ですかー。それじゃーきれいにしておきます。」笑顔で答えてくれた。
そんな笑顔に調子づき、退院後の異業種交流(合コン)の話しはいつしよう。いつの間にそんな話しが、、?はしたない。でも聞いてみるだけでも、、。
ともあれ何ともうれしい気分でベッドに戻ったがまだ眠気は来ない。もう12時半過ぎた。いびきの大合唱の中もう一度横になってみよう、、。
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by haruikuyoshi | 2006-02-25 14:43 | 頸椎椎間板ヘルニア

入院から手術前日まで

注:ここから退院までの闘病記はその日その時の気持ちを文面から少しでもわかるように、特にお見苦しい所以外は後から言い換えなどの変更を加えておりません。また、術後2日くらいの闘病記はそれ以後の日、記憶を頼りに書いています。その点ご了承願います。
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2月7日 入院当日
9:00 病院到着。昨日未明から降った雪のおかげで出るのを早めたせいで着いたのも早すぎた。
併設の喫茶店でコーヒーを飲みながら接骨院の友達に入院することを伝え携帯の電源を切った。寂しい気分。待っている間に同じ整形外科に入院するおじさんに声をかけられた。「お兄ちゃんも?」
おじさんは入院にはなれているらしく自分のことをつらつらとしゃべり始め何も心配している様子はない。”みのもんた”と同じ病気らしい。こっちの心配もどこへやら、受付の時間が来てお先に受付へ。「それでは病室で会いましょう。」
病室へ着くとそこはカーテンで仕切られたまさに病室。いよいよ本番が来たんだと改めて思いだす、、、が、なぜか脳外科の病室。整形の部屋がいっぱいらしい。ベッドに寝転ぶ。もう逃げられない。
11:00 検温、血圧。
12:00 F医師が来て今後の予定を聞く。問診と触診(主に力比べ)も
手術は明後日2月9日(木)今日の17時頃から担当医師のチームより手術の説明。
今日15時からは肺活量の検査。
その後すぐに昼食。結構おいしい。去年の悲惨な研修を思えば、、。
16:40 麻酔医の説明
まず点滴から麻酔を入れその後期間に入れたホースからガスを入れると同時に呼吸補助。
全身麻酔がかかると自分で呼吸も出来ないらしい。おっそろし〜。
麻酔が覚めると気管に入れていたホースのせいで喉が2、3日痛むらしい。風邪のような痛み。まれにアレルギー症状が出て死ぬかもって、、おい。(確率1/20000)
17:00待てど暮らせど先生は来ない。
ようやくF医師が来た少し慌てているよう。K医師が忙しいためまだ来られないとのこと。しばらく待つがやはりK医師は現れず明日になることに。今日のところはF医師との打ち合わせだけになった。手術方法はやはり前方除圧固定術。
打ち合わせは和やかに済み妻も帰りベッドで横になると、とたんに不安になる。
1、麻酔から覚めなかったらどうしよう。
2、手術が終わったあとは痛いだろうなー。
3、寝たきりで寝返りも一人でうてないなんてつらそう。
4、本当に痺れは治るの?
5、全身麻痺になったらどうしよう。
今のところは痺れ以外いたって元気。走ったり、子供と自由に遊べる。
6、失敗したら子供と一緒に遊べなくなるなんて想像しただけで涙が出てくる。
心配は尽きない。
21:00消灯時間
そういえば右のベッドの方にこんな話しを聞いた。「左となりのおじいちゃん独り言が激しく寝言も大きな声でするので今夜は眠れないよ。」
大丈夫、こんな時のために耳栓を用意しておいたんだ。はっはっはっ。笑

2月8日 手術1日前
朝起きた、、。というか眠れなかった。全く、、。一睡も、、。
原因は主に”となりのおじいちゃん”である。
ここでおじいちゃんの寝言(?)独り言(?)を少し。
「あ〜しゃむぃ。」
「あ〜きもちわるぃ。」
「いやんなっちゃうよな〜。」
「なーんでこーなっちゃったんだろっ。」
順不同に少し間を置いて言い続ける。
極めつけは煩悩がうとうとしていたその時。
何やら背後でゴソゴソ。ゴソゴソ。
どっ泥棒!?冷や汗かきながらおそるおそる後ろを振り向くとそこには、、。
”となりのおじいちゃん!!”
カーテン一枚で隔てられた煩悩の部屋(?)に寝ぼけたのかおじいちゃんが入って来ているではないか。しかも煩悩のバッグの中をあさっているよう。
「どうしたんですか?」と肩を叩く。
「しゃいきんこっちにひたからひょふわはんなひんだひょ〜。」
「最近こっちに来たからよくわかんないんだよ。」らしい。
どうやら電灯のスイッチを探していたらしいが、勘弁してくれ〜。
こんな感じで朝まで長い時間が経った。
今日の予定では昼過ぎに整形外科病棟へ引っ越し、夕食後には浣腸。それ以外何もない。
暇なのでPCで映画を見るがどうも集中できない。昨日のように手術のことが頭をよぎるからだ。時々震えるほど怖くなる時がある。
14:15 引っ越し
まだ入院の時にもらった本人確認用のバーコードの着いた腕輪をしていない。何度か看護士さんに言ったがつけなきゃいけないけど後でと言うことだ。
心配なのでもう一度聞くと、つけるホックのようなものだけ置いて「自分でつけてください。」だって。こんなものか。
後にこの腕輪の余った部分を整形の看護師長代理さんが気付いて切ってくれた。「ありがとう。」さすが看護師長代理さん。
そういえばもう一つ心配なことがあった。
それはベッドこのベッド手動式で術後起き上がるのが自分では出来ない。昨日から4回ほどお願いしてはいたが引っ越し先も手動ベッド。整形のベッドがいっぱいと言うことだが同じ階にある脳外科の電動ベッドが空いているのを確認していた。「空いたら変えますから。」と言うばかり。「起こす時は呼んで頂ければいいですよ。」とは言うもののそのつど微調整してくれるの?何回も呼ぶことになっても嫌な顔しないでね。嫌な顔されると修羅の心が自分を抑えられなくなるから。(この時も正直、修羅の心が80%位まで来ていた)
18:00 K医師より手術説明。
昨日とほぼ同じないようだがリスクのことなどをより詳しく聞いた。
輸血はしない。
事故が起こる確立はジャンボジェット機が墜落するくらいの確立(1/20000) ”0”ではないと言うこと。合併症の話しなど。
K医師はあっさり「大丈夫だよ。」と自信を見せてくれた。なんだかこの一言でずいぶん楽になった気がした。
ついでに電動ベッドの話しも直接K医師にしてみたところ、その場で「頸椎の場合○×△*より優先順位は上だから変えるように。」看護士さんに指示してくれた。
ここでもほっとひと安心。
18:30 浣腸
小学校以来の浣腸で緊張した。「5分くらいは我慢してくださいね。」軽く言われたが2分は持たなかった。
これよりあさっての朝までは断水断食。
消灯までは映画を見たが集中で来た。

2月9日 手術当日
6:30起床3、4時間は眠れた。もう一回トイレへ向かうと朝一番の手術の方(入院のとき良くしゃべってくれたおじさん)とばったり会った。お互いがんばろうと声をかけあいベッドに戻った。
7:15 もう2週間は風呂に入れないのでシャワーを浴びることにした。
7:30 手術着が配られそのままこれを着る。浴衣のようなもので脇腹はマジックテープで止めるようになっている。これがチクチクと痛い。なぜかまだ余裕だった。いや、気丈に振る舞っていただけかも、、。
8:40 一番目の手術の方を見送る「がんばって!」
次は自分だ!!心ではそういっていた気がする。
9:15 予定では8:30だった点滴がつけられる。フィジオ140(ブドウ糖)
この点滴の場所から麻酔が入れられる。
10:00すぎ ネックカラー屋さんが来て試着。大きさはこんなもんですかね?
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19820円也。調べていた金額よりよりずいぶん安いぞ、7万円くらいすると聞いていた。ネックカラー屋さんは先生から「これで良いと言われた。」と言っていた。素材は固めのスポンジのようで寝る時の痛みはなさそうだ。ここから保険分の7割は帰ってくる。
10:30よけいなことを考えないように映画を見る。「スゥ○ング○ールズ」
おかげで元気になった。単純な自分。
12:30 いよいよ手術の時間が決まったようだ。13:00に手術室に入るように言われた。  
                           
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病棟から見える夕焼けです。真ん中にちょこんと見えるのは富士山です。この日はとてもきれいでした。
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by haruikuyoshi | 2006-02-24 22:15 | 頸椎椎間板ヘルニア

入院中

今病院内にある有料たんまつで投稿しています。
おかげさまで現在すこぶる元気です。
痺れは残ってますが痛みはほとんどありません。
詳しくは退院後にしますが、ご心配くださった方々本当にありがとうございます。
あと8日もあれば退院かと思います。

p.s. 看護士のWさん、Kさんみてますか~。
見てたらコメントください。非公開でも結構です。

失礼しました、、。
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by haruikuyoshi | 2006-02-16 11:18

明日入院!!(再確認)

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いよいよ明日入院します。ここで最終確認!!
パジャマ・下着・タオル・バスタオル・洗面用具・湯のみ(ステンレス製)・スプーン・箸・ティッシュペーパー・お盆・懐中電灯・電気シェーバー・サンダル・PC・デジカメ・本各種・筆記用具・DVD・イヤホン・延長コード・鏡・団扇・孫の手・マスク・目覚まし時計・耳栓・携帯充電用電池・入院証書・印鑑・保険証・診察券。
こんなところか?
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手術前の首の状態。

アドバイスをいただいた皆様本当にありがとうございました。
PCに無線LANカードがないため院内では投稿できないかもしれないので無事帰ってこられたら入院から退院までをアップします。
いってきま〜す。
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by haruikuyoshi | 2006-02-06 13:07 | 頸椎椎間板ヘルニア

怖い、、、、!!


花粉の季節がやって参りました。
煩悩も例外にあらず。
“ハッハッ、、ハックショ〜〜ン!!”鼻水ズルッ!!
先日の関東地方の風でついに来ました。
しかし、、首にある爆弾が爆発してしまうかもしれないから今年はこの”くしゃみ”をうかつに出来ない!!
どうしよう、くしゃみをしたとたんに” グキッ!”体が動かなくなったら。
首の骨が曲がってしまったら、、。
煩悩の受ける手術は前方除圧固定術というものになる予定で、この手術はヘルニアの出ている部分の椎間板を前から削りなくなった椎間板部分に腰のあたりにある腸骨か金属をを埋め込み骨が形成されるのを待つ。
そう、術後は首の部分の骨がしっかりくっついておらずくしゃみによってずれるんではないか?と勝手に推測しているからである。ひどくずれたら神経が切れるのでは?
一応マスクも荷物に入れた。
今年ほど花粉が憎く思う年はないだろう。(また怨憎会苦か?)
いかんいかん。花粉が悪い訳ではない煩悩の体が反応してしまうのが悪いんだ。(無理がある)f0040644_132793.jpg
今日は入院いってらっしゃいパーティをした。素直に喜べない煩悩がいた。


術後はこんな感じになる予定。
椎間板のところにある白いのが埋め込まれたあとの骨か金属。
入院まであと1日。
手術までは3日?
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by haruikuyoshi | 2006-02-06 01:36 | 頸椎椎間板ヘルニア

入院前準備 (心と物)

先ほどまでTV番組で小児病棟の特集をしているのを見ていました。
煩悩は涙もろい方なので途中涙が止まらなくなるくらいの場面がいくつもありました。どうしても自分とオーバーラップしてしまうのです。煩悩には二人の娘がいますが長女は超未熟児(940g)で生まれてきました。NICUで3ヶ月間の入院。今では普通の子と同じように生活できます。今思えば大変な3ヶ月間で、毎日欠かさず片道1時間くらいかかる病院へ仕事を終えてから通っていました。母乳を冷凍して運び病院であたため子供に飲ませるためです。毎日体重が数グラムから数十グラム増減するのですがその数値を見てはよろこび、時には悲しんでいました。生まれる前。生まれてから数日後に担当医から聞かされる怖い病名。本当にこの子は生きてゆけるんだろうか?当時頭の中で考えていたことをこのTV番組を見て思いだしました。最終的に煩悩が考えて出した答えは、『今出来ることをしよう。今してあげられることをしよう。』でした。番組では不幸にも命を落とされた方が数多く紹介されており、その子供を看病する親たちの姿も、、。
仕事柄このような不幸にあわれた方のお相手もさせて頂かなくてはなりません、改めて自分の社会における役割の重大さを考えさせられました。机上の論ではない血の通った接し方をしなければ、、と。
そのためにも今回の入院と手術から何かを学ぶ決心をしました。
手術に先立ち、微力ですが煩悩も骨髄バンクに登録してみようと思います。

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今日ダ○エーに入院に必要なものを買いに行きました。ryo716さんからもアドバイスいただいたサンダル。
パジャマ、洗面用具、下着類、パソコン用イヤホン、ベッド上で書き物が出来るようにクリップの付いた固い下敷き?の様なやつ。頸椎椎間板ヘルニアの場合術後首に頑丈なカラーをするので前飽きのシャツでなければ着られませんが、ありました。マジックテープで止められる前あきシャツ。残念なことにペットボトルにつけられるストローは春夏商品とのことで売っていませんでした。
後は家にあるものでなんとか。
バッグにつめたら、術後の暇つぶし用の本とDVD、パソコン、デジカメなどで荷物全体の約半分になってしまった。
何をしに行くんだか、、。
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by haruikuyoshi | 2006-02-04 22:36 | 頸椎椎間板ヘルニア